サイゼリヤ創業者、みんなが驚く学生バイト時代とは? 3度も口説かれ外食の道へ – Yahoo!ニュース 個人

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イタリア料理店「サイゼリヤ」を創業した正垣泰彦(しょうがき・やすひこ)氏の「暮らしを変えた立役者」。第3回では外食事業を始めるきっかけになったアルバイト時代を語ります。
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■大学を見切って、アルバイトに没頭

「何だ大学はこんな程度か」。大学1年にあった物理の前期試験はわずか30分程度で終了。教室を退室しようとすると、慌てて試験官が止めに入ってきた。もちろん試験は100点満点。高3の時に大学の物理まで勉強していたので物足りない。授業に出ず、アルバイトにのめりこみました。

最初のアルバイトは千葉の大原にあるバンガローで宿泊者を接客し、料理を作って提供するのが仕事。運営を一人で任されたのですが、こんなビジネスではたいしてもうからないと思いまして。「よし! 広い敷地に舞台を作って、ゴーゴーパーティーを開くか」。

今で言えば、合コンのようなダンスパーティーですよ。バーベキューも一緒に提供して安い価格で告知したところ、あまりにも来るのでてんてこ舞い。

生きている鶏なんか1人で1日100羽以上も絞めて体中が血だらけに。料金はただ同然でしたから、東京中からわんさかやって来たんです。その光景を見た経営者があぜんとして言いました。「おまえ、すごいなあ……」。

■誰もが逃げ出したきついバイトも楽々こなす

大学3年の時、帰宅途中の新宿三越前にあった「渋谷食堂」がずっと気になっていました。毎日毎日アルバイト募集のビラを張っていまして、ついに1年もはがされないままです。

「何でずっとビラがあるんですか」。気になってしかたがないので従業員に尋ねました。すると「もう大変よ。すぐに辞めちゃうんだよ」との嘆き声。そんなにきつい仕事があるのか。ならば、どれほどのものなのか。今度はやってみたくてしかたがなくなってくる。ますます興味が湧いて働くこと決めました。

始めたのはまず皿洗いから。1番きつくて逃げ出す人が多いというのでやらせてくれと願い出ました。人が足りない4階の「お好み食堂」を手伝ってくれと指示されました。そこにはくせのあるおばちゃんがいました。意地悪をするのですぐにバイトが逃げてしまっていたのです。

ですが、私は皿洗いが楽しくてしょうがない。休憩させてあげるために、おばちゃんの分までやってあげたんですよ。調理場のコックには馬券を頼まれて買いに行くと、かわいいやつだなと私だけに包丁の使い方を教えてくれるように。

いつまでたっても辞めないのでみんな喜んじゃって。「4階にはすごいやつがいるぞ!」。店中に評判になり、他の階から手伝ってくれとのオファーがひっきりなし。「こんな楽しい仕事なら、教えてもらっている時は時給なんていらないです」。そう言って渋谷食堂に入り浸りました。

仕事の1つにゴミ出しがありました。重いゴミ袋を持ち4階から階段で降りるのがとても大変。その時に3階からゴミ出しをしていたコックの見習いがいました。それが後にサイゼリヤ専務となる山本慈朗さんで、仲良くなりました。

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