危険がいっぱいのジャーナリスト 安田純平さんの教訓を生かすのはメディアの側の責任だ – Yahoo!ニュース 個人

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[ロンドン発]内戦下のシリアで拘束され、3年4カ月ぶりに解放された安田純平さんが11月2日、日本記者クラブで記者会見し、「私の行動によって日本政府が当事者になり、申し訳ない」とお詫びする一方で 「紛争地で起きていることを見るジャーナリストの存在は絶対に必要」との考えを改めて示しました。



「自己責任」論をはじめとする批判はあって当然です。しかし、安田さんは生きて帰ってくることができて本当に良かったと思いました。

ジャーナリスト保護委員会(CPJ、本部・米ニューヨーク)によると、1992年以降、殺されたジャーナリストやメディアワーカーは1953人。シリア内戦が始まった2011年以降、殺害されたのは山本美香さん、後藤健二さんを含め710人にのぼっています。

1965年から75年にかけてベトナム戦争で犠牲になったジャーナリストの数は71人でした。なぜ、殺害されるジャーナリストやメディアワーカーの数が激増したかと言えば、ジャーナリズムが狙い撃ちされるようになったからです。最前線に飛び出して行って、都合の悪い真実を白日の下にさらすジャーナリストは目障りだからです。

いつも「重い一眼レフよりミラーレスの方が軽くて安いぞ」と冷やかしてくる顔見知りの老年フォトグラファー、パトリックと話していると、「昔は一方の軍に組み込まれて取材することはなかった。だから最前線も何もない。ジャーナリストは立場を取らず、あちらに行ったり、こちらに行ったりしていたんだ」と振り返ります。

バーミンガム在住のパトリックはフォトグラファー歴51年、戦場を飛び歩いたこともある大ベテラン。今、機材の軽量化、デジタル化でコストが飛躍的に切り下げられ、大手メディアが買ってくれる写真1枚の値段は余程の特ダネでもない限り、2ポンドという惨状です。それでもフォトジャーナリズムに憧れる若者が殺到してきます。

機材も高く、写真が一発勝負だった時代は「いい商売になったよ」とパトリックは懐かしそうに話しました。筆者も年間の取材予算が人件費を含めると3億円を超えることも珍しくなかった大阪府警キャップ時代を思い出し「20世紀は良かったね」と応じました。

インターネットやソーシャルメディアがない時代、大手メディアはニュースの伝達ルートを独占して読者を囲い込むことができました。国際報道の現場でも、独裁者やテロ組織の指導者も世界的なメディアに自分たちの言い分を報じてもらうことに大きな意味があったので、戦場特派員やフォトグラファーがむやみに殺されることも少なかったのです。

だからジャーナリストやフォトグラファーが戦場に持っていくのはペンと取材ノート、カメラ、プレスカード、長年の経験と勘、それまでに培った人脈で十分だったのです。

しかし時代は変わりました。ジャーナリストや特派員の溜まり場「フロントラインクラブ」のオーナー、ヴォーン・スミスさんは軍での経験を生かして90年代、フリーランスの戦場TVジャーナリストになりました。TVカメラのデジタル化とダウンサイジングが始まり、経験が少なくても戦場での撮影が可能になったからです。

しかしスミスさんを含め仲間16人のうち8人が犠牲になりました。エージェントとして大手メディアとやり取りしていたスミスさんは「大手メディアは何の支援も、アドバイスもくれませんでした」と怒ります。フリーランスの立場を守るために妻とつくったのがフロントラインクラブでした。

大手メディアに属さないフリーランスであっても、原稿や写真、取材映像を買ってくれるのは大手メディアです。発表する媒体もはっきりしないのに、自分の身を危険にさらしてまで取材に応じてくれる紛争地の当事者がどこにいるでしょう。

先日、フロントラインクラブで「フリーランスのサバイバル術」という有料ワークショップが開かれたので筆者も参加してきました。

腕利きの女性フリーランス・ジャーナリスト、ジェニー・クリーマンさんが大手メディアへの売り込み方、搾取されない方法や注意事項を丁寧に教えてくれました。女性ジャーナリストは戦場でなくても取材先でレイプされ、殺されてしまうこともあるので大変です。

クリーマンさんは「ジャーナリストが命を落とす危険が一番高いのは自分で車を運転している時よ。だから運転手は必ず雇いなさい」とくどいほど注意しました。銃弾でも爆弾でもなく、自分で運転する車が最大のリスクであることを知らず、目からウロコが落ちる思いでした。取材費に制約のあるフリーランスが真っ先に思いつくのが車代の節約だからです。

01年の米中枢同時テロで、ジョージ・ブッシュ米大統領が「彼我の違い」を強調し、対テロ戦争を唱えたことが戦場取材を一変させたというベテランジャーナリストもいます。イラク戦争の混迷で宗派抗争が勃発し、テロ組織や過激派組織が分裂したことも状況を複雑にしました。

大手メディアは事故を防ぐため、英海兵隊出身者らによるサバイバルコースで戦場特派員のトレーニングを実施。ジャーナリストやフォトグラファーはボディーアーマーを身につけ、セキュリティー会社の護衛付きで紛争地の取材をするようになります。

しかし、シリア内戦では12年に英紙サンデー・タイムズのベテラン戦場特派員マリー・コルビンさんとフランスのフォトグラファーがアサド政府軍の砲撃で命を落とし、大手メディアはリスクが大きすぎると特派員を危険地から退避させるようになります。シリア内戦からジャーナリストを締め出すバッシャール・アサド大統領の作戦でした。

その報道の空白を埋めるように多くのフリーランスのジャーナリストが命の危険を顧みず、シリアの取材を試みるようになります。

イタリアのTV局からコーディネーターを依頼されたシリア系イタリア人フリー・ジャーナリスト、スーザン・ダボウスさんは13年4月、トルコ国境を越えてシリアに入国してスンニ派過激派組織、アル=ヌスラ戦線のメンバーに拉致されました。

地元仲介者として雇っていたシリア人実業家がグループ幹部と交渉を重ね、スーザンさんらは11日後に無事解放されます。

ロンドンにある有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演したダボウスさんは「私たちの拉致はしばらく報道されなかったので、仲介者は動きやすかったようです。イタリア政府や外務省も解放のため努力を惜しみませんでしたが、記者に雇われていた私にはイタリアのTV局からの支援は一切ありませんでした」と打ち明け、シリアにはもう行きませんと話しました。

米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏が12年11月にシリアで拉致され、14年8月に過激派組織IS(「イスラム国」)の「ジハーディ・ジョン」によって処刑されてから、シリアに行くジャーナリストは激減しました。経験のあるジャーナリストにとっても、シリア内戦の取材はコントロールできるリスクではなくなったからです。

フリーランスが戦場取材のリスクを取るのを避けるために、サンデー・タイムズ紙をはじめ英国の大手メディアは13年以降、シリアに潜入するフリーランスから記事や写真を買うのをやめました。フリーランスを使い捨てにしているという批判をかわす狙いもあります。

筆者は「紛争地で起きていることを見るジャーナリストの存在は絶対に必要」という安田さんの主張を全面的に支持します。

しかし、その一方でメディアの側も大手メディアが主導して、フリーランスを含めてジャーナリストの訓練、保険、安全確保のためのガイドライン、何かあった場合の支援の仕方、政府との協力について海外のメディア団体と協力して確立していく必要があるのではないでしょうか。

世界中からジャーナリストが集まるロンドンには情報を収集する機会がたくさんあります。ジャーナリストや政府機関、イスラム過激派に拉致された被害者の家族やシリアやイラクに渡航したジハーディストの家族を支援するNGO(非政府組織)が集まって議論する場が持たれます。

「ジャーナリストはカネも経験も知識もなく、足手まとい。邪魔なだけ」とNGOのベテランから面と向かって馬鹿にされることもあります。

英レスター在住のエリオット・ヒギンズ氏(39)のように失業中に子守りをしながら、自分のパソコンを叩いてシリア内戦について調査を始め、米紙ニューヨーク・タイムズに記事が掲載されるようになった市民ジャーナリストもいます。

今回の取材はいくら「自己責任」とは言え、安田さん一人で取るにはあまりにもリスクが大きすぎたと思います。これに対して、左派メディアから攻撃されている安倍政権は後藤さんを殺害されてしまった教訓を活かし、政府としての役割を果たしました。

日本政府としてカタールやトルコに大きな借りをつくってしまったこと、カタールが過激派組織に巨額の身代金を支払っていたとしたら日本人を拉致するインセンティブが大きくなってしまうこと、安田さん救出のために多額の税金が使われていることから、批判が出るのは仕方のないことだと思います。

ジャーナリストは生きて帰って来なければ記事を書くことはできません。安田さんが生きて帰って来ることができたのは喜ぶべきことです。記者は書いてナンボ、話してナンボの仕事です。そのためには生きていなければなりません。安田さんが今後どんな活動をされていくのか、大いに楽しみにしています。

今回の事件をきっかけにメディアの側が大手とフリーランスの垣根を越えて、ジャーナリズムの未来と日本のためにつながる議論を深めていくことを心から願っています。

(おわり)



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