あの時、中内さんはダイエーを売るべきだった – 日経ビジネスオンライン

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都築 冨士男[都築経営研究所代表、元ローソン・ジャパン社長]

2018年5月18日(金)

(日経ビジネス2018年3月12日号より転載)

経営の課題を明確にし、課題解決の仕組みを作る
それが経営者の役割

(写真=的野 弘路)

 大学卒業後主婦の店ダイエー(現ダイエー)に入社しました。ハワイに駐在していた時、大きな転機が訪れます。急な帰国命令を受けて本社に出社するや、中内功社長(当時)からこう告げられたのです。「ローソンを見てくれないか?」

 当時のダイエー・ローソンはダイエーグループのアキレス腱でした。フランチャイズビジネスの基本となるシステムを欠いたまま出店を進め、経営に行き詰まる加盟店が続出。オーナー方とのトラブルが相次ぎ、出店凍結に追い込まれるという瀬戸際の状況だったのです。

 37歳で専務取締役としてローソンに出向し、1年の間に再建のカギとなる仕組みを作りました。収益性の高い全国展開可能な新業態の開発と、経営指導型フランチャイズシステムの構築の2つです。

 店舗数を増やすには少ない資金でも加盟できる状況にする必要があります。そこでオーナーが店舗を探したら本部が什器備品や商品を持ち込んで売り場を作り、開店初期の資金繰りが回るように配慮しました。売り上げが伸びにくい下町ではそれまでのデリカテッセンからおにぎりや弁当の販売中心に切り替え、店舗規模も圧縮。在庫スペースが減る分、商品を小分けにして毎日輸送する仕組みも導入しました。

 本部で加盟店を経営指導するシステムを構築することにしたのは日ごろから各店舗の経営実態を把握し、的確なアドバイスができるようにするためです。私はその後社長に就任しますが、こうしたシステム構築を背景にそれまで80しかなかった店舗を在職中に3000店舗にまで拡大することができました。



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