日本橋電気街が成長の母 さくらインターネット社長 田中邦裕さん(もっと関西) – 日本経済新聞

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 ■さくらインターネットの創業者、田中邦裕社長(40)は舞鶴工業高等専門学校の在学中に18歳で起業した。大阪の日本橋電気街へ毎日のように通い、サーバー事業を軌道に乗せた。関西発のスタートアップとして事業を拡大、2015年には東証1部に上場した。



 たなか・くにひろ 1978年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校卒。在学中の96年に京都府舞鶴市でさくらインターネットを創業。99年会社設立、社長に就任。2000年いったん副社長に退くが07年に社長復帰。趣味は電子工作、旅行、ダイビング。

 たなか・くにひろ 1978年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校卒。在学中の96年に京都府舞鶴市でさくらインターネットを創業。99年会社設立、社長に就任。2000年いったん副社長に退くが07年に社長復帰。趣味は電子工作、旅行、ダイビング。

 小学生の頃、年末に放送されるロボットコンテストの番組が好きだった。親に連れられて、近所にあった奈良高専へ何度もロボットを見に行った。自分もロボットを作りたいと思い、高専への進学を決めた。

 舞鶴高専への入学後、プログラミングに夢中になった。パソコン同士をつなぐネットワークの仕組みに興味が湧き、パソコンを買って寮の自室でサーバーを立ち上げた。

 日本でインターネットが本格的に普及しはじめたのが1996年だ。その年の10月、旅先の秋葉原で店頭のパソコンから舞鶴にある自分のサーバーと通信ができることに感動した。当時のパソコン通信は大手企業がサービスを提供していたが「自分たちでも同じことができるかもしれない」と感じた。2カ月後の12月には舞鶴でレンタルサーバー事業を起こした。

 ■大阪に本社を構え、数度の苦難を越えて事業を拡大してきた。

 電子工作に夢中だった中学生の頃から、日本橋の電気街には部品を買いに来ていた。だから、電気街は我が家の部品箱みたいな身近な存在。98年には会社の拠点を舞鶴から大阪の堺筋本町に移したので、頻繁に電気街に足を運び、サーバー用の部品をよく調達していた。

98年に舞鶴から大阪へ進出。はじめは20坪(約70平方メートル)の小さな事務所だった

98年に舞鶴から大阪へ進出。はじめは20坪(約70平方メートル)の小さな事務所だった

 大阪に出てきて様々なベンチャーキャピタルの人とも知り合い、上場を考えるようになった。ただ、時期を急ぐかどうかで周囲のメンバーと対立し、00年に社長を退いてしまった。当時は22歳で、まだ自分も若かったと思う。

 会社は05年に東証マザーズに上場したが、様々な新規事業がふるわず07年には債務超過に陥った。結局自分が社長に復帰し、立て直しのため金策に奔走した。顧客からの「うちは継続してサービスを使うよ」という言葉がありがたかった。

 業績が回復して11年には北海道にデータセンターを開設した。クラウド事業が伸び、15年には東証1部に上場することができた。

 ■「大阪の会社」であることを強く意識するようになった。

 13年に大阪駅の北側に大型複合施設のグランフロント大阪が完成し、起業家を支援する大阪市の「大阪イノベーションハブ」の取り組みが始まった。自分もイベントに呼ばれ、スタートアップのメンター(相談相手)を務めるようになった。様々な人とつながりが生まれ、自分たちが「大阪の会社」であることを強く意識するようになった。

 いっときは東京へ本社を移すことも考えたが、効率性を高めようとする姿勢はかえって成長を生まないと気付いてやめた。会社が寛容だと社員は多くのアイデアを生み出せる。「余白」を大事にしたい。

 ■関西のスタートアップの力がもっと生きる環境を整えたい。

 17年6月に、大阪・堺筋本町からグランフロント大阪の35階に本社を移した。100人ほどが集まってセミナーや交流会ができるオープンスペースを設けた。常設のバーカウンターもある。社外の人を交えた行事は、1年間で200件を超える見込みだ。関西のオープンイノベーションの拠点として活用していく。

 大阪は大企業の経営層にあたる人たちがスタートアップと仲が良い。両者をつなぐ活動も活発だ。でも、そうした場所をあまり府や市の議員が訪れていないように思う。「オール大阪で頑張ろう」といった掛け声がかかる時、そこからスタートアップは抜け落ちているのではないか。

 彼らを、もっと大阪や関西全体の取り組みに参加させていきたい。その中で、さくらインターネットという会社自体が人のつながる場所になればいいと思っている。

(聞き手は大阪経済部 出村政彬)



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