【アジアで会う】許芝瑞さん +10(テンモア)創業者 第196回 台湾発の靴下で日本に挑む(台湾) – NNA.ASIA

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キョ・シズイ 1986年台湾台北市生まれ。台北芸術大学を卒業後、2008年に同級生とデザイン事務所を設立。12年に靴下ブランド「+10(テンモア)」を立ち上げ、主任デザイナーや海外営業を務める。ここ最近は日本と台湾を行き来する日々。



大学では舞台美術を学んだ。だがデザインの技術や知識を身につけるうちに「学んだ内容を生かして、台湾人の生活に選択肢を増やしたい」との思いが強くなる。当時の台湾の生活用品は多くが実用性重視で、デザイン性に乏しかった。そんな流れを、どうにかして自分たちの手で変えられないか。奮起した許さんは同級生の陳小爵さんと手を組み、08年にデザイン事務所を設立。まずTシャツや食器などの制作を始めた。

しかし、当時は既成の素材や型に自分たちの図案を載せるのが精一杯。一からデザインに関わるには制約が思った以上に多く、真新しいアプローチを打ち出せないまま不満だけが募る日が続いた。

■始まりはクリスマス

靴下に目を向けたのは、クリスマスイベント向けの商品として制作を依頼されたことがきっかけだった。そして台湾中西部の彰化県にある靴下工場を訪れた際に、色や織り方を好きなようにデザインでき、比較的少量から発注できる自由度の高い製品だと知った。

彰化県は約20年前まで、台湾の靴下の約8割を生産する一大生産地だった。海外にも製品を多く輸出していたが、人件費の高騰などから生産数は年を追うごとに減少。技術力や品質は依然高いものの、技術者は腕を持て余していた。

許さんは「靴下なら自分達のデザインと、技術者の腕を相互に生かせる」と考え、扱う製品を靴下に絞ることを決定。一念発起して新たに靴下ブランド「+10(テンモア)」を立ち上げた。ブランド名には「10本の指がある両足は、靴下を履くことでもう10歩前進できる。人生は少しのモア(more)で豊かになる」という意味を込めた。また「記号から始まるブランド名は、展示会などで掲載順が最初になるため目立つ」との計算もあった。

どこまでデザインを製品に落とし込めるか、どんな素材を採用するか。失敗を繰り返した末、口ゴムに特徴を持たせた製品が好評を博し、定番商品として浸透する。13年には透明素材と綿を組み合わせて編んだ製品がヒットし、「ここでやっと、さまざまな織り方や素材に挑戦する余裕が生まれた」。ストーリー性を持たせた繊細なデザインも好評を博し、+10の知名度は徐々に上がっていった。

■予想外の海外進出

立ち上げから3年が過ぎた15年、思わぬ形で海外進出のチャンスが訪れる。日本でクリエーティブ雑貨の展示・販売イベントなどを手がける企業から、+10に展示販売イベントへの出展依頼が舞い込んだ。台湾での評判を聞きつけての招待だった。

想定外の話に「当初はただ不安しかなかった」が、悩んだ末にこれも好機だと出展を決意。イベントではテキスタイルにこだわりを持つメーカーが集まる中、「日本の関係者から、デザインや編み方のこだわりを高く評価してもらえた」ことで自信が付いた。

自分たちがデザインした製品は海外でも通用する。そう確信した許さんは日本での展開を視野に、自ら海外営業を担当することを決意。併せてマーケティングや広報のスタッフを新たに採用し、組織の基盤強化に力を入れた。

■目指すは台湾一

その後は日本の展示会やイベントに積極的に参加するようになる。17年に開かれた台湾製品の展示イベントでは、目玉ブランドの一つとして大きく取り上げられ「この時に初めて、台湾で一番のブランドになりたいという大きな目標が生まれた」という。

並行してメディアへの露出も増える。中でも日本のファッション誌「装苑」(文化出版局)で取り上げられたことは大きかった。「学生の頃に台湾で読んでいた雑誌に、自分と同級生で立ち上げたブランドが載った」。夢を見ているようだった、と許さんは振り返る。

台湾発の、一風変わった靴下ブランドがある——。関係者の間で評判は広がり、同年にはブランドの概要をまとめた冊子「+10テンモア 台湾うまれ、小さな靴下の大きな世界」(トゥーヴァージンズ)が日本で出版されるに至った。自身の足跡が海を超えて1冊の本にまとめられたことは「何よりの激励になった」という。

現在の売上高は、台湾と日本がほぼ半々。しばらくは日本市場のさらなる開拓に注力する方針だ。来年までに東京で靴下のファッションショーを開く目標も掲げている。

変えたい対象は、いつしか生活用品だけではなくなった。「台湾には世界的なファッションブランドや雑誌がまだ少ない。+10が、そんな状況を変えていけたら理想的」。許さんはそう言って笑顔を見せた。(東京・岡崎裕美)



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