日本企業が海外M&Aに失敗しないためのリスク・ヘッジとは? – BUSINESS INSIDER JAPAN

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事業開発の手法には「買う」「借りる」「創る」の3つがある。



「買う」は他社の買収であり、「借りる」はジョイントベンチャーや事業提携など、「創る」は自社の能力・資産を使って事業創造をすることである。この中で、近年は企業の手持ちキャッシュが潤沢なこともあり、そのキャッシュで他社の事業を買うことを選択肢に入れる企業が多い。そして縮小する国内市場ではなく、海外での事業拡大のためにクロスボーダーM&A、つまり日本企業による海外企業の買収が行われている。

一方で、海外M&Aはその後の大幅な減損など、「あの買収は失敗だった」とされる事例も多い。

筆者は投資銀行のバンカーなどが手掛けるM&Aのトランザクション(取引)のアドバイザリー業務だけでなく、その前後にあたる事業戦略立案とPMI(Post Merger Integration、買収後の経営統合)の全てに関わっており、「海外M&Aで成功するためには?」という質問を企業の経営層から頻繁に受けるので、その全体像の中で、海外M&Aの要点をコンパクトに述べていきたい。

握手するビジネスマンの写真

Shutterstock/Atstock Productions

M&Aに至る検討プロセスを残す重要性

当然ながら、M&Aは事業拡大の手段の一つに過ぎず、「買う」「借りる」「創る」の中でなぜ「買う」を選んだのかを社内で整理する必要がある。

具体的には買収対象企業のマジョリティの株式を取得することによって経営権を手に入れることが、資本を絡ませない事業提携や自社による事業開発よりも経済的に優位でなくてはならない。経済的に優位という意味は、各選択肢(事業オプション)の事業計画における将来のキャッシュフローが最大化されることである。

無論、各選択肢の中でも事業環境を織り込んだ複数のシナリオが検討されるが、この際に重要なのは、経営陣が他の選択肢も検討した上で、「買収」を選んだという検討プロセスを残すことである。この場合、買収価額がある一定を超えると他の選択肢より買収が経済的に劣後するため、買収を止めるという意思決定をすることがある。

実務的には当初、想定されていた買収価額を超えて買収することの一定の歯止めにはなるだろう。また、買収を選択したという検討シナリオこそ、上場会社であれば株式市場、機関投資家とのコミュニケーションを行う際の成長ストーリーとなる。

日本電産の永守会長

長く日本電産を率いてきた日本電産の永守CEO。

REUTERS/Yuriko Nakao

日本の大企業の経営企画部は「M&A成功の他社事例」を探しており、たいていは日本電産やJTの事例を研究しているが、両者とも経営陣のキャラクターもあり、すぐに参考になるような企業ではない。

もしも、M&A巧者とされる日本電産の永守重信・CEOから普通の企業が学べることがあれば、M&Aは「安く買うこと(合理的な買値)」と「慌てずに待つこと」が挙げられるだろう。筆者もM&A成功の秘訣を問われると「安く買うこと」と答えるが、これは対象会社の本質的価値に買い手へのシナジーを加え、買い手へ価値毀損を減じた対象企業の純本質的価値よりも必ず安く買うという意味である。

実務的には買収後には想定外の追加投資があることもままあり、その際にまだキャッシュが使えるというのは心強いものである。買収のオークションで勝つために無理をして高値で買うと、ウィナーズカース(Winner’s curse、勝者の呪い)に後から悩むことも多いものだ。当初の事業戦略シナリオから見て対象会社が想定と違ったものだったら、それまでに時間やコストを使ってしまったとしても経営陣は潔くM&Aを止めるべきである。

社内に精通したM&A人材を自社で育成せよ

次に実際のトランザクション(取引)での要点であるが、ここは日本企業の今後の人材育成という視点からも述べていきたい。

日本企業の経営層で海外M&Aの株式譲渡契約書(SPA;:Sales and Purchase Agreement)を全部読んだことのある方はどれくらいいるだろうか?

M&Aの買い手はデューデリジェンス(Due Diligence、DD=買収監査)で発見されたリスクを買収価額に反映させるか、契約条件で手当てしていくものである。

例えば、買収後に現地の人間が言うことを聞かない(義務を果たさない)、といったことがそもそも契約書内で法的拘束力をもって手当されていなかったという場合も少なくない。買い手の経営層は契約書にどういう条件が記載されるものなのか、税務などを鑑みてどういう買い方(ストラクチャー)が適切かなどの詳細は知らずとも、神は契約の細部に宿り、それらが極めて重要だという意識は持つべきである。

そうした意味で、役員候補はキャリアのどこかでM&Aの実務経験をすべきである。M&Aは経験の数がモノを言うことは否めない。役員の中にM&Aの経験者がいて、トップとして交渉に臨む意思があり、時間的余裕をもって、時にはM&Aを止めると席を立つことが出来れば、交渉も有利に進められることだろう。

そして、M&Aのコントロールタワーを担える人材を意識的にジョブ・ローテーションの最適化を行って育てていく必要がある。コントロールタワー人材は社内関係部署とファイナンシャル・アドバイザー(Financial Adviser=FA)や弁護士を統括し、実行中のM&Aの情報をリアルタイムに把握する人間であり、最大の目的は経営層の意思決定に資する提言を行うことである。さらに、法務DDや財務DDにて精査すべき事項の重要度のレベル分けを行い、弁護士や会計士に緩急つけた指示が出せる人材であり、事業戦略、財務、法務、ファイナンスなどに通じている必要がある。

こうしたスキルセットを持った人材育成は難しいように感じるかも知れないが、大部分は形式化可能なスキルであり、使用する英語も含めて受験勉強で鍛えられた大企業人材にとっては比較的獲得が容易なものである。デューデリジェンスで発見された事項は、契約書と企業価値評価のベースとなるファイナンシャルモデルに反映されていく。企業のM&Aの巧拙を分けるのは社内のコントロールタワーの存在であり、外部アドバイザーにトランザクションを丸投げしないことである。また成功している企業を見ると、企業におけるコントロールタワー人材は社内事情に疎い人間よりも、社内ネットワークがあり、さまざまな部署間の調整が出来る社員を育てた方が結果として機能しているようである。

買収後の統合段階も交渉者が担当すべき

ミーティングの様子

統合の際は管理の方法と互いの文化の融合が鍵となる。

Shutterstock/Vitchanan Photography

最後にPMI(Post Merger Integration、買収後の経営統合)であるが、大前提としてPMIは買収のトランザクションを担当した者やチームが引き続き行うべきである。

買収交渉では相手方と厳しいやり取りをしていても、いざ買収が成立すると、その時点で対象企業から最も信頼されているのは買収側の交渉担当者である。その担当者が「ここからは、事業部の他の者が担当します、さようなら」と去ってしまうのではなく、少なくとも半年、1年は社内や外部コンサルタントから成るPMIチームと伴走すべきだろう。

PMIでは通常、買収後100日プランが策定され、社内外への最初のメッセージは大きなインパクトがある。ここに今までにデューデリジェンスや交渉を担当した人間を投入したい。

海外M&AでのPMIの成否を分けるのは、極論を言えば、お互いが人間として信頼し合えるかということだが、経営では数字による管理と文化の融合の二つが要点である。

例えばコンプライアンスに問題がない前提で、買収先企業が売り上げ・利益を上げていれば自治を任せるといったポートフォリオの一つとしての管理や、特色ある文化の浸透のために日本から対象企業の各階層に長期に渡って人を派遣するといったやり方もあるだろう。ここはケースバイケースなので一概に最良の方法を規定できない。

必ず避けるべき事態とは、数字の管理も文化の浸透のどちらも日本から来た人間が中途半端に行い、現場に混乱と不信を巻き起こすことである。経営陣はこうした視点からPMIの状況をモニタリングし、必要であれば人材エージェントなどを使って現地で新しい経営者を探してベストな経営環境を構築することである。

海外M&Aは経営における本物の総合格闘技である。論点は無数にあるだろうが、筆者の経験上、重要と考えられる論点を提示した。海外M&Aを企図される企業はまずは上記の整理をされることで、事業拡大の成功へとつなげられるのではないだろうか。我が国企業の海外での更なる躍進を願い、微力ながら応援していきたい。


塩野誠(しおの・まこと):経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター。国内外の企業や政府機関に対し戦略立案・実行やM&Aの助言を行う。10年以上の企業投資の経験を有する。主な著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』、小説『東京ディール協奏曲』等。人工知能学会倫理委員会委員。



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