東川町に移住したフリーランスデザイナー – HOME’S PRESS(ホームズプレス)

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東川町に移住したフリーランスデザイナー

フリーランス・デザイナー村田一樹さん(写真提供:村田一樹)フリーランス・デザイナー村田一樹さん(写真提供:村田一樹)

2014年に北海道の東川町に移住し、“旅するように暮らし、暮らすように旅をする” スタイルを実践しているデザイナー・村田一樹さん。ご本人の表現によれば、「企業や個人のデザインパートナーとして、ブランディングを軸にデザイン思考による問題解決を行うこと」が生業とのこと。デザイナーという一言では表現できない領域に関わっていきたいという自負が感じられる。

今回東川町について書こうと思い立った時、まず浮かんだのはこの村田さんの存在。彼と初めて会ったのは、2013年の旭川木工コミュニティキャンプというイベントだった。当時は札幌のデザインオフィスに勤務しており、独立して東川町に移住する直前ということになる。東川町のキトウシ森林公園を拠点として行われるそのイベントは、木工を中心とする “ものづくり” にかかわる人が集まり、交流を深めるイベントで、道外からもたくさんの関係者が集うものだ。幅広い年齢層で強者揃い参加者の中でひときわ若く、物怖じしない存在で目立っていたことを覚えている。その時すでに東川町にネットワークの軸足を移しつつあったわけだ。

その後、SNSなどの交流で、東川町に移住したこと、時々海外にも渡りまさに “ノマドライフ” を実践していることなどなど、興味の尽きない存在だった。

そんな村田さんの東川町との関わりを通じて、前稿【北海道の中でも移住者に特に人気な理由は?~人口が増加し続ける町、北海道・東川町 ①】に引き続き東川町の魅力を解読してみたい。

東川町との出会い

北海道江別市出身の村田さんは1989年生まれの27歳。少年の頃は電車や車が好きで、旭川高専の電気情報工学科に進学するが、その後デザインに興味が移り進路を変える。アートディレクションとかブランディングというような世界観を作る仕事に憧れたのだという。東川町の西隣・旭川市の東海大学芸術工学部に進学。大学二年から三年はデザイン事務所でのインターンシップも含め、デザイン三昧の学生生活を送る。

大学最後の四年の時に「全然遊んでいない、旅していないことに気がついたんです。それで車で北海道内を車中泊で旅したり、スウェーデン・デンマーク・イタリア・ドイツ・オーストリアをバックパック旅したりしました。その中で出会ったのが、大雪山を望む美瑛や東川だったのです。山があって、アルプスのような感じが好きでした。そして、なによりそこで暮らす人たちの、地に足のついた、人間らしい暮らしがいいなぁと思いました。その頃からこういう大雪山が見えるところでデザインの仕事をしたいと思っていましたね」

気に入った美瑛と東川。ふたつから東川を選んだ理由を尋ねてみた。「美瑛は純粋に美しい。東川にはそれに加えてカルチャーが感じられたからです。『北の住まい設計社』『ソルト』の存在が大きかったでしょうね」

家具作りをベースとして暮らしを提案する『北の住まい設計社』やセレクトショップの『ソルト』は、まさに東川カルチャーを象徴する存在だ。彼らの求心力は相当強い。こうして村田さんも、東川文化の渦の中に巻き込まれていったのだった。

大学卒業後はインターンシップでもお世話になっていた札幌のデザイン事務所に就職。2年間働いた後に東川町に移住し独立することになる。

この大雪山が見える環境で暮らしたかったというのがきっかけ (写真提供:村田一樹)この大雪山が見える環境で暮らしたかったというのがきっかけ (写真提供:村田一樹)

東川町が拠点となるノマドライフ

東川に魅せられた人たちが、徹底的にその魅力を徹底的に分析する書籍「東川スタイル」。そのアートディレクションも村田さんが担当(写真提供:村田一樹)東川に魅せられた人たちが、徹底的にその魅力を徹底的に分析する書籍「東川スタイル」。そのアートディレクションも村田さんが担当(写真提供:村田一樹)

村田さんは東川町中心部の賃貸アパートメントに居住。物件を探した時の経験では、物件は少なく割と高めということだ。移住者などの需要の多さに比べて、賃貸住宅の供給は少ないということだと思われる。このアパートメントを拠点に村田さんのデザインワークは行われている。

“拠点に”と表現したのは、村田さんのワークスタイルは、まさにノマドスタイルで、大袈裟ではなく世界中を動き回りながら仕事に取り組んでいるからだ。今回の取材の直前もニュージーランドに約1ヶ月滞在、2016年の4月から5月にかけてはデンマークに滞在している。そういったワークスタイルを可能にしているのは、やはりインターネットのおかげだ。PCがあれば海外でもストレスなく仕事ができるという。

村田さんがノマドライフで世界各地を渡り歩いているからといって、東川との関係が希薄になっているわけではない。そういう暮らしをしつつも、クライアントは東川や旭川という地元中心とのこと。それも単なるデザイン作業にとどまらず、ブランディング的な関わりが多い。

加えて、地元スタッフとの協働も多い。地元アパレルショップのカタログ制作は、カメラ・モデルなどなどほとんどが地元スタッフだという。クリエイティブ作業の地産地消。その中心に村田さんがいる。

東川との関わりをベースに置きつつ、旅をするように暮らしている村田さん。東川町について「一年でいちばん長く暮らす土地が東川町なんです」と説明してくれた。

町民として地域資源を編集・発信

自然と文化を絶妙に紡ぐ町役場自然と文化を絶妙に紡ぐ町役場

東川の特長・魅力ついて伺うと、言葉が溢れるように飛び出してくる。

「豊かな行政」「町の運営がクリエイティブ」「いつも面白いことを考えている町」「高福祉の町」「常に世界を見ている」「外国人が好き」「東川町民というアイデンティティがある」「町民が皆東川を語ってセールスできる」…

興味深いのは、大雪山という自然の魅力に惹かれたのがきっかけなのに、今溢れ出る言葉は、“町役場” の素晴らしさと、“町民” の素晴らしさがほとんどなのだ。そして、特に町役場についてはこうまで語る。「今となっては、こういう田舎か都会かは関係ないんです。東京が東川のような行政なら(住む場所として)オッケーです」

もちろん、これはレトリック。自然と文化という地域資源が絶妙に編集された東川の魅力は、町役場の編集能力の賜物だ。村田さんの真意は、この編集能力があればどこの場所でもその地域資源をいい形で紡ぐことができるという意味に他ならない。

加えて村田さんたち町民もその魅力の編集作業にしっかり加担しているということなのだ。先にも名前の出た『北の住まい設計社』や『ソルト』が核になり、そこに惹かれて村田さんのような人たちが集まってくる。そして当事者として東川カルチャーを生み出す編集者となる。そして、無意識にセールスもする。前稿で表現した“正のスパイラル”は、こうやって生まれているのだと語ってくれているのである。

最後に村田さんのこの言葉を記しておきたい。「幸福度ランキングではトップクラスだと思いますよ」

町民が、自分の住む町のことを誇らしげに語る町。それが人口の増え続ける町なのだ。

■取材協力関連情報

村田一樹ウエブサイト
http://kazukimurata.com/

2017年 03月29日 11時07分



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