なぜ医療分野で起業か、突き詰めて理論武装した – 日経ビジネスオンライン

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第55回 岩崎博之 メディカル・データ・ビジョン 社長(4)

2017年3月28日(火)

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。1月の授業では医療情報のネットワーク化を進めるメディカル・データ・ビジョン(MDV)の岩崎博之社長が登壇。成功するベンチャー企業の秘訣を語った。

 授業の後半では受講生と岩崎社長との間で質疑応答が行われた。それまで手掛けていた仕事とは全く異なる医療の分野で起業するという重大な決断を岩崎社長はどのように下したのか。創業後5年間赤字が続き累損9億円抱えた時にはどんな心模様だったのか。その間、社員をどのように鼓舞したのか。

 受講者らは自らをその身に置き換えた時にわき上がる率直な疑問を投げかけた。岩崎社長は一つひとつの質問に丁寧に回答。熱を帯びた質疑応答が繰り広げられた。

(取材・構成:小林 佳代)

岩崎博之(いわさき・ひろゆき)氏
メディカル・データ・ビジョン代表取締役社長
1960年生まれ。1986年新日本工販(現フォーバル)入社。1988年アレック代表取締役就任。1994年アイズ常務、1997年クーコム常務、2001年システムアンドコンサルタント取締役などを経て、2003年メディカル・データ・ビジョンを設立し代表取締役に。2014年同社代表取締役社長に就任、現在に至る。(写真:陶山勉、以下同)

「時代を読む」ことは一切していない

受講者:製薬メーカーでマーケティングを担当しています。岩崎社長は2003年にメディカル・データ・ビジョンを設立し、病院にパッケージソフトを導入しながら医療データをコツコツと集めてこられました。製薬業界にいる私から見ると、ちょうど時代の潮流に乗った形で非常に有益かつタイムリーにサービスを提供してきたという印象です。起業までにはどんな経緯があったのか。なぜ、2000年代初頭というタイミングでこのビジネスに着目したのか。教えてください。

岩崎:私は「時代を読む」ということは一切していません。マーケティングもしませんでした。起業の時にあったのは「必要なものをつくる」という発想だけです。

 マルチメディアのプログラムをつくる会社で仕事をしていた時、ある医療系の会社から「今後10年間で市場に求められる商品は何か」というレポートを頼まれ調べ始めました。その中で、色々と解決すべき問題が多い業界だと感じました。例えば、医療には国の政策が大きく影響します。子供を産んで健康に育てるために国が支援する医療政策が乏しく、「今のままではこの国の産婦人科と小児科は疲弊する」と思いました。他にも、IT化が極めて遅れているし、医療情報も全く利活用できていない。

 早速、マルチメディアの分野で身につけた知識やスキルを、医療分野で使えないかとモデルを考えてみました。そうしたら「こういう方法で課題がクリアできるのではないか」というロジックが組みあがりました。それで起業したという流れです。起業のタイミングが2003年になったのはたまたまです。

究極の喜びは「世界中の人を幸せにすること」

受講者:私は現在会社勤めですが、いずれは起業し経営者になりたいと思い、この慶応ビジネス・スクールに来ています。もともと勤め人だった岩崎社長が「起業」という“ルビコン川”を渡ることができたことには、どういう背景があったのでしょうか。

岩崎:起業する時には当然、不安はありました。私はそれまでマルチメディア業界で仕事をしていたので医療業界は素人でしたし。

 知り合いの中には医療系の企業の社長もたくさんいたので、起業前には「こういうビジネスモデルで、起業しようと思っているのだが、どうだろうか」と相談に行きました。そうしたら全員から「絶対やめた方がいい」と言われたのです。「お前のような医療業界で無名の人間が、どんなにいいものをつくっても売れない」「アポイントも取れないよ」と言われました。

 当時の私には、マルチメディアの世界ではお客様もついていたし、それなりに給料もいただいていました。ほとんどの人に「ダメだ」「絶対うまくいかない」と言われて私自身、起業しても1~2年後にうまくいかずに、元のマルチメディアビジネスに戻る自分が想像できてしまった。これではいけないと思って、「なぜ自分が医療の分野でビジネスをしようと思っているのか」を整理して考えました。

 私はたくさん転職を繰り返し、営業、財務・経理、技術と一通りの仕事を経験しました。幅広くスキルを身につけ、給料も高くなり、最初のうちはそれが嬉しかった。けれど、その喜びはすぐに消えました。自分はなんのために働いているのか、どういう時に本当に喜びを感じるのか。

 改めてじっくりと突き詰めて考えてみたら、お客様が喜んでくれた時こそが、嬉しい時だったと思い至りました。新しいビジネスを創出できたとか、それによって社会が便利になるといったことは、さらに大きな喜びでした。

 つまり、人の喜びは一人称からどんどん外に向かって広がっていくものなのです。自分では直接手が届かないようなところにも影響を与えることができると、すごく嬉しいと感じる。だとしたら、究極の喜びは「世界中の人を幸せにすること」でしょう。

 「幸せ」の条件には、いくばくかのお金があること、あたたかい家族と友達がいることなどがありますが、やはり一番は「健康」であること。健康に関係し、その業界を革命的に変えられる仕事ができるのならば、それは自分にとって最高の喜びです。そういう仕事に就くのなら、たとえしばらくの間、うまくいかなかったとしても、自分は元のマルチメディア業界に戻ろうと思うことはないはずです。

 3日間ぐらい考えに考えて理論武装しました。そして、そのロジックを自分の心の中にしっかりと植え付けました。その上で会社をスタートさせたのです。

 たぶん、そのプロセスを踏んでいなかったら、起業して3年後くらいには、元のマルチメディア業界に戻っていたのではないかと思います。戻らずにすんだのは、医療分野でのビジネスを自分がやるべき論理を、自分自身に言い聞かせるという、前段階の作業があったからです。



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